Novel

あみあみ

 キーンコーンカーンコーン、と一度そう思ってしまえばそうとしか聞こえなくなる学校のチャイムを聞く。しゃべりつづけていた先生が、「おお、もう終わりか……。じゃあここまで」と言う。委員長が「きりーつ、れい」と言う。ばらばらに「あや〜っした」とか「ありがとうざーっした」とか言う。僕も頭を下げて、教科書とかノートとかを鞄に詰め込んだ。
 教室を出るとすぐに、連絡通路が見える。昔は使っていたけれど少子化で必要なくなった校舎――今日では部室棟と呼ばれる校舎につながる通路だ。その部室棟三階の突き当りが、僕の目指す部屋だ。
 その部屋の扉の上には古い明朝体で、「家庭科室」の文字。
 「こんにちはー!」と大きな声で扉を開ける。「こんにちは」と先輩の柔らかい声が帰ってくる。先輩は入り口に近い、壁際の丸椅子に座って編み物をしていた。僕だってそんなに長い間教室に留まっているわけではないと思うのだけれど、いつも先輩は先にこの教室で待ち構えている。そして決まって楽しそうに何かを編んでいるのだ。ここ数日は「実用的なものを作ろうよ!」と言って、マフラーを作ろうとしている。先輩の編み物の腕は一流といっても差し支えないほどなので、もしかしたらマフラーがひとつもらえないかと楽しみにしている。なんてのは少し夢を見ているだけで、さすがにそれを言い出す勇気は僕にはない。
 僕も先輩の近くに腰掛けて、あの何と言ったら良いのかわからない、家庭科室特有の長い机の引き出しから、毛糸玉とかぎ針を取り出す。これでも編み物は得意な方なのだ。先輩には敵わないけれど。
 しばらくは、沈黙が続いて、二人してせっせと手を動かす。その間に、いろいろなことを考える。ああ、そういえば先輩が、背筋が曲がっているのが良くないと言っていたな、とか、先輩は編み物大好きだよな、とか、今日は先輩と何を話そうか、とか。 
 そんなことを考えながら手を黙々と動かしていると、時折集中力が切れて間違いが起きる。そんなときは「うぇー」とか言いながら少し解いて、編み直す。ちょっと糸に癖がついてしまっているので丁寧に。
 先輩は僕のようなことはなく、するすると腕を動かしてどんどんマフラーを形作っていく。マフラーは単純な作業の繰り返しだから、こころが落ち着くと、昨日そう言っていた。
 で、集中力の切れてしまった僕は、「先輩、せんぱーい」なんて先輩に話しかける。先輩は編み物に集中しながらも「はーいなにかしら?」なんて返してくれる。
「いえ、特に用事があるわけでもなくって、そろそろ雪かきの準備しなきゃな―、とか」
「そうだねぇ。今年もきっと降るし、体力つけとかないとね」
「先輩のお家は誰が雪かきをするんですか?」
「うーん、今年からは兄貴が家にいないし、私かなぁ? 動くのは苦手なんだけどな」
「先輩、脚ほそいですもんね」
 言ってしまってから、しまった、と思った。これではセクハラだ。しかしその後ろで、「やっほー、先輩とたくさん喋れてる!」とか、「本当に細いよなぁ……どうやってあるいてるんだろ?」とか、そんなことを思っている僕もいるのだ。しまった、と思ったのにもかかわらず、ちょっと調子に乗った僕は、こんなことを言ってしまう。
「先輩、よろしければ、僕がお手伝いに行きましょうか?」
「うん、遠慮しとくね」
 素気無くかわされてしまう。もうひと押し、というところなのかもしれないけれど、だいたいこの辺りが僕の限界だ。「あ、……そうですよね、はい」なんて小さな声で言ってから、編み物に再び集中する。こういう時の逃げ場として、編み物は最強だ。無心になれるし、ちょっと凹んだり気まずくなったら会話を打ち切る理由にもなる。
 しばらく無心で編み物をしていると、また頭がうごうごと思考を開始する。また、先輩の脚……眺めてたらバレて怒られそうだな、とか、あれ今、密室に先輩とふたりきりなんじゃね、とか。こんなことを考え始めるともうだめで、僕の心は邪な考えに支配されてしまう。それでちらちらと先輩の方に目をやりながら、編み物をしているふりをする。
 集中が足りていなくても、そこそこできるのが編み物だ。ただしそこそこ程度の出来にしかならないけれど。今日は、緑色にピンクがアクセントカラーののずんぐりむっくりとした怪獣が出来た。本当はもっと円柱形にしたかったのだけれど、これはこれで味がある、と妥協する。あとは目玉をつけたら完成かな。
 そろそろ夕暮れだ。
「先輩、僕はもうお暇しますけれども、先輩はどうなさいますか?」
「うーん、私はこれ完成させちゃいたいから、もうちょっと残るね。戸締まりは任せて下さい」
 そう言って先輩はほとんどできているマフラーを掲げる。うしろに僕の緑怪獣がぎょろりと目玉をのぞかせる。
「はい。じゃあ僕はこれで。また明日」
「うん、またね」
 そう言って家庭科室を辞去した。

 次の日の昼休み、クラスメイトに話しかけられた。一番仲の良い、友達といっても過言じゃない奴だ。
「なぁ、お前いっつもさ、放課後ってどうしてんの?」
「部活だけど」
「そうなのか? 何部なんだよ、運動はあんまり得意じゃないんだろ?」
「手芸部」
 手芸部? と友人は繰り返す。そんな部活があったのか、知らなかった……。と言う。それから友は、「何作ってんの?」と聞いてきた。僕は「ぬいぐるみ。先輩はもっといろいろ作ってるけど」と答える。
「先輩? 一人じゃないのか」
「まさか。ひとりで部活動なんてよっぽどマイナーじゃなきゃ、そんなことしないでしょ」
「そうだけどな。最近は手芸なんてやってる奴、少ないじゃん。ところでさ……」
 ところでさ……と、友人は声を潜めた。先輩って、女? かわいいの?
 僕は無言で頷いた。
「やったじゃん! やるじゃんお前。いーなー、うらやましーな!」
 急に大声になる。口がよく動く教師の多い学校だからか、もともと騒がしい教室だからそんなに目立ちはしないものの、僕はちょっと周りの反応が気になってしまった。
「で、好きなの? 好きなんだろ?」
「そんなんじゃないよ、先輩とは」
 ただの先輩と後輩だよ。と言った。僕が顔色一つ変えずに言ったからか、急に興味を失ったようで、友人は「あ、そう……。悪かったな、ちょっと下世話だったわ」と言って去っていた。と思ったら、つかつかと戻ってきて、「もし、お前が『そんなの』だって感じたら、その時はちゃんと、伝えろよ。お前の気持ち」と、妙に真剣な面持ちで言った。それからまた去って行って、今度は戻ってこなかった。

 放課後がやってきて、僕は家庭科室へ向かった。やはりというか、先輩は既に座ってかぎ針を振るっていた。昨日のマフラーはもう仕上げたらしく、今日は別の毛糸玉を取り出していた。まだ形というほど形にはなっておらず、何を作っているのかはわからない。
「なにをつくるんですか?」
「マフラーが出来たから、手袋かな? 君は帽子の方がいいと思うかな?」
 先輩は小首をかしげる。そうですねぇ……と相槌を打ちながら先輩を眺める。
「帽子のほうがいいんじゃないですか? 最近は手袋はめながらスマートフォンがしたいっていう人も多いでしょうし」
「う〜ん、そうかぁ……じゃあ、帽子にするかな」
 そういって先輩は手の動きを速くした。集中モードに入ったようだ。きっともう、僕が何をいっても先輩の手は止まらないだろう。僕は何を作ろうかと思案しながら、とりあえず丸椅子に腰掛ける。ふと、黄色い小さな鳥の姿が脳裏に浮かんだ。そいつを作れるだろうかと少し考えて、まあ挑戦してみるかということで、黄色い毛玉を取り出した。
 そんなに好きでも無いキャラクタなのに、なぜ急に思い浮かんだのか、それを考えながら、僕は黄色い毛糸をいじる。少しほつれさせたら、体毛のような質感になるだろうか。ふと先輩がいつも持っているスクールバッグが目に入る。今まさに僕が作らんとしていた鳥が、ちょこんとストラップになっている。なるほど、こんなに毎日目にしていたからかと合点がいった。それでやる気もちょっと増す。
 しかしその鳥を作るのは決して簡単ではなかったようだった。というのも、僕はそいつがどんなだったかということを余り憶えていなかったので、先輩のストラップを見ながらやるぐらいしか無いわけで、それを見られたら恥ずかしいという思いがあった。それで、何度か結んだり解いたり、そんなことをしていた。
 それは集中力が切れている証だから、今やってもうまくいかない。そこで僕は先輩に話しかける。
「今日ですね、友達に話しかけられたんですけど」
 僕は彼のことを「友達」と呼ぶらしい。
「彼、手芸部を知らないっていうんですよ。酷いですよね」
「うち、手芸部じゃないんだよ?」
 先輩が顔をあげないままに言った。え? と思わず訊き返す。じゃあ僕は何部に所属しているのだ。
「うちはこれでも家庭科部だからね。家庭科に関することは何でもやるよ。知らなかった?」
「知りませんでした。春からずっと編み物ばかりなので、手芸部だとばかり思ってました」
「そうだよね。じゃあ明日は、お菓子でも作ろうか」
 そう言って先輩は笑った。僕は笑えなかった。お菓子作りというのは、大の苦手なのだ。

 翌日。
 家庭科室――家庭科部へ行ったら、先輩がエプロンをして待ち構えていた。
 先輩は僕の姿を認めると挨拶もなしに「じゃ、やろうか」といった。それから、エプロンを一つ、放り投げた。放物線を描いて、僕の胸元に収まる。
「それ、着て。それから、手を洗おう。調理をするときの基本だね」
 はあ、とかそんな感じの気の抜けた返事を返して、僕はエプロンを着始めた。本当は、先輩が昨日言ったことを忘れてしまっていて、いつもの様に編み物をしていないかな、なんて考えていたけれど、僕の都合に合わせてなんて、世界は回ってくれない。
 それに、考え方を変えればこれも悪くないな、と思う。だって、エプロン姿の先輩が見れるし、先輩のエプロンを借りれるし。
 そんなことを考えながら、冷たい水道の水で手を洗った。ハンカチなんて持っているわけがないので、パッパと手を振って水の飛沫を飛ばすだけですました後、ここが家庭科室だったということを思い出してちょっと周りを見回した。思った通り、布巾が幾つか、かけられていた。あまり使われた跡がないようなやつだ。ちょっと拝借して手を拭いておく。
 振り返ると先輩がハンカチをポケットにしまうところだった。もしかして 僕に貸してくれようとしていたんじゃないのかと思い当たる。しまった。ここは先輩の御厚意に甘えておくところだった。
「さて、きょう作るお菓子は、とても簡単なものです」
「はい」
「べっこう飴と言います」
「なんですかそれは」
 聞いたことのない飴だ。しかし、僕がそう言うと先輩は怪訝そうな顔をした。
「本当? 本当に知らないの?」
「知りません。僕の知っている飴なんて、水飴くらいです」
 あちゃー、と先輩は額に手を当てた。理科の実験では、もうやらないのかーとつぶやく。理科の実験? 僕は首をかしげる。
「まあいいや。やってみよう。簡単だから」
「はあ」
「材料はこれです」
 といって、先輩は机の下から袋を一つ取り出した。その外装表記を信じるならば、それは砂糖だった。上白糖、と書いてある。先輩は他には何も取り出さない。
「…………」
「どうしたのかな?」
「これだけですか?」
「そうだよ。簡単でしょ?」

 彼は、べっこう飴が水と砂糖だけからできているということをなかなか信じなかった。それだけでまともなものができるのか? と非常に疑り深かった。どうやら料理やお菓子作りが苦手らしいので、簡単なべっこう飴にしたのだけれど……。こんなかんたんなお菓子なら小学生でも作れると思うんだけどなぁ。
 彼がなかなか動こうとしないので、私はアルミ泊で型を作って、それからそこに水と砂糖を注ぐ。それからフライパンの上にそれを置いて、火にかけた。
「はい、しばらくほっとくから」
「いいんですか、それで」
「いーのいーの。それより君も、家庭科部の部員なら、せめてこれくらいは作れるようになっとこうよね」
「……はい」
 なんて言っている間に、べっこう飴に色がつき始めていた。もう少しだ。火を止めて冷ます。これが固まってしまえば完成だ。
「さて、君もやってみようか」
 そういって上白糖を渡す。彼が受け取ろうとして、手と手がぶつかる。ふと彼の手から力が抜けて、上白糖の袋が落下する。どさ、と重い音を立てて倒れた。白い粒子がこぼれ出る。彼が慌ててしゃがみこんで、拾い上げる。私は、手箒か何かを探して、教室の後ろの方のロッカーを探る。やっとみておいて、と彼に声を書ける。こわばった声で、はいと返ってきた。そんなに緊張することではないのに。
 箒を見つけたので床を掃く。
 彼が私に好意を持ってくれていることは知っている。彼のクラスメイトだという私の従弟がそう教えてくれたし、それよりも私はひどいにぶちんというわけではない。ただ、わからないのは、なぜ彼が、私に好意を持ってくれているのかということだ。こんな、授業も受けず部室か保健室に入り浸っているような、不良品の女に。
 だからきっと、私は彼の想いに応えることはできないだろう。
「先輩、できましたよ! 色づいてきました!」
 はしゃぐ彼の声が私を呼ぶ。どれどれ、おお、うまいじゃないの、と私は少し彼に寄り添う。彼は一歩下がった。彼の想いを受け止める資格なんて無い私だけれど、もう少しの間、ちょっとした夢を見ることならば許されると思うのだ。

「美味しそうに出来たじゃない。さっすが家庭科部」
 先輩がウインクを飛ばす。反則だ。それから先輩はアルミ箔から飴の本体を剥がした。まだ熱いその飴を、先輩は口の中へ放り込む。
「上出来、上出来。失敗することを恐れていたらお菓子は作れないのよ」
 先輩が、口の中で僕が作ったべっこう飴を転がしながら言った。ほい、と先輩が作った方のべっこう飴を投げてよこす。
「じゃ、いただきます」
 僕もアルミ箔を剥がすと、もう常温になっているべっこう飴を口に含んだ。砂糖だけしか使っていないにもかかわらず、くどすぎない甘さと香ばしさが口の中で広がる。僕も先輩のように飴を舌の上で転がした。
 その拍子に。
「すきです、先輩のこと」
 という言葉が僕の口から飛び出した。
 空気が固まった。二人が飴を口内で転がして、歯と飴がぶつかる音がやけに大きく耳に届いた。
「…………」
「…………」
 僕も先輩も喋ることが出来ない。自分でもなんでそんなことを言ってしまったのかわからなかった。そういう感情ではない、と友人にもそう言ったはずなのに。僕は、先輩のことが好きだったのだろうか。深層心理ではそう思っていたのだろうか。
「きかなかったことに……してあげるから。また明日も、部活しに来てね」
 先輩が小さな声で言った。それから一瞬、先輩は教室を飛び出していた。
 僕は後を追えなかった。

 ずっと、なんで昨日あんなことを言ってしまったのかと考えている。僕は確かに先輩に対して好意を抱いていたけれど、それは恋心ではないと思っていた。どちらかといえば、友達のような。だけれど昨日、あのべっこう飴を食べた時に、ああ、この甘いお菓子は、先輩がつくったんだな、と思ったその時にはあの言葉がべっこう飴と一緒に舌の上を転がっていて、ぽろと口の外にこぼれてしまっていた。
 やはり僕は先輩のことが好きなのか。実はずっとそうだったのだろうか。そうだ、と考えるのが自然に思える。そうでなければ、僕はあんなに毎日部室へ通っていただろうか。それは、もちろん、先輩がいたからあの部活に入ったのではなくて、僕は自分のやりたいことをやるために部活に入った。編み物なんかは家でもできる。無理に部室へ行く理由は何もない。
「おい、どうしたよ。部活じゃねーのか?」
 友人が声をかけてくる。時計を見れば、とうに授業は終わっていたようだった。ずっと先輩のことを考えていたから、気が付かなかったのだ。
「……いや、今日は、帰ろうかな」
 呟くように言った。
「なにいってやがる。お前」
「は?」
 友がいきなり怒りをはらんだ声を出して、僕は戸惑う。
「お前、先輩に会うのが気まずいんだろ」
「…………」
 僕は何も言えない。
「行けよ、部活。先輩が待ってくれてるんだろ?」
 先輩は明日も来てと言っていた。だが果たして本当に、待ってくれているのだろうか。あの教室で。
「いいか、こんなところでためらってたら、お前はどこへも行けない。先輩との中も進まねぇ。気づいたんだろ? 自分の気持ちに」
 僕は、うなずかざるを得なかった。
「じゃあ行けよ。今すぐ行け。それで、お前の先輩の隣にいろ」
 いつになく厳しい友人に僕は何も言えず、ただ黙って従った。

 部室に行くと、先輩は一心不乱にかぎ針を動かしていた。僕が挨拶をしても、聞こえていないようだった。仕方なく僕はいつものように先輩の向かいに座って、何を作ろうかと思案する。けれど、なかなか何を作りたいかが定まらない。その間にも、先輩はしゅるしゅると何かを編んでいく。なんにも作れそうにないので、意を決して声をかけた。
「先輩?」
「……ん、ああ。来てたの。こんにちは」
 先輩は編み物への集中を切らさずに返事をする。だが、いつもよりそっけない気がする。昨日の動揺からして、今日は先輩がいなくても驚かないと覚悟を決めていた僕としては、肩透かしを食らった気分だ。昨日のことは、先輩の中ではなかったことになってしまったのだろうか。練りに練った言葉ではないし、言おうという明確な意志があったわけではないけれど、それは、なっとくがいかない。――それに。
「先輩。僕ね」
「うん、何かな?」
「――考えたんです、僕。それでやっぱり、先輩のこと、好きです」
 先輩の、手が止まった。
「どうして、そういうことを言うの? 昨日、『きかなかったことにしてあげる』って、言ったじゃない」
「――え」
「なんで、私のこと好きになっちゃうの。私、大した魅力なんて無いじゃない。貧相な体で、ずっとここに入り浸って……。知ってる? 私、保健室登校なの。ずっと。……私は君が想像してるような私じゃないんだよ? 必死に取り繕って、良い格好をしようとして……それが私。君とはほとほと不釣り合いなんだよ」
 先輩の頬を、涙が伝う。先輩が泣いているのを見るのは始めてだ。先輩の内側の方にあった感情が噴き出してきたのだろう。支離滅裂ではあるけれど、先輩が何を言いたいのか、それは僕にちゃんと伝わった。
「なんで先輩は泣いてるんですか」
「それは君が! ……ごめん」
「なんであやまるんですか」
「…………」
「昨日は僕も驚きました。自分でもあんなことを言うとは思ってなかった。――でも、今日はちゃんと、自分の意志で言いました。僕は本当に、先輩が好きだ」
 脳裡に、怒ったような友人の姿が浮かぶ。ありがとう、僕はこころのなかで彼に感謝した。
「先輩が何であろうと、どう思っていようと、僕は先輩のことが好きですよ。先輩が何を繕っていても、それは先輩が僕に良い格好をしようとしてくれてるんじゃないですか。先輩のこと、好きになって当然ですよ。この教室で出会ってから、ずっと先輩があみものする姿を見てきたんです。格好良いじゃないですか。素敵じゃないですか。それに先輩、かわいいし。
 なにも――なにも先輩が引け目を感じる必要は無いんです。ただ僕は先輩のことが好きで、いつか先輩も僕のことが好きになってくれれば――それで全てが解決ですよ。僕には釣り合わないなんて、そんなこと言わなくても、ただ『君のことが好き』って言ってくれれば、いいじゃないですか」
 僕も、感情に任せて支離滅裂なことを喋ったと思う。でも、これであいこだ。
 先輩は、黙って俯いていた。しばらくそのままでいて、それから口がすぼんで、横に広がった。顔をあげて、きっとこちらを睨みつけた。
「……ねぇ。君の事が、好きだよ。ありがとう、私の事を好きだと言ってくれて」

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