Novel

不思議な話

……今日は夢を見た。
どんな夢だったかもう覚えていない。確か怖い夢だったような気がする。汗をびっしょりかいて寝起きが悪かったからだ。
起きた直後に、その夢の内容を覚えていたという記憶はあるのだが、今では何かぼんやりしたものに変わっている。
だが、数分も経てばその内容は頭から完全に消え、数日後には夢を見たことすら覚えていない。全く不思議な話だ。

ートイレを済ました私は出かける支度をする。

人は寝ることによって休む。寝ることによって成長し、脳をリセットする。では夢とは何か。何のためにあるのか。
そう考えた時、夢の世界の記憶を、起きる前に脳が急いで消しているように、私は思えてならない。寝ている時の世界というのはもっとはっきりしたものなのではないか、実際は起きている世界と寝ている世界はそれぞれ同等の存在であって、起きている世界の時には寝ている世界を忘れ、また逆に寝ている世界では起きている世界を忘れるのではないか、と。

ということは人が休む、寝るというのは人間の脳の意識下では、寝ている世界で活動しているということだろうか。対象的に、人が起きているというのは脳の意識下では、寝ている世界で休んでいるということになるのだろうか。
全く、理にかなっていない話であるが、夢で見たことを思い出すとそれが異世界を垣間見てしまったような気分になることがあるのだ。

ー電車はまだ来ない。どうやら遅延しているようだ。

夢の中で、これは夢だと自覚できている夢がある。それは現実と比べて夢がありえないものだった時などに感じたりする。
寝ている世界の中で起きている世界を覚えているということだ。それもすぐに消えてしまう記憶の一つなのだから、起きている世界で夢の世界を覚えていることに似ている。

ー電車はホームに到着する。私は改札を出た。

また他にも変なことがある。
ある時私は夢で、何か立派な芸術作品を見た。夢の中でそれはオブジェクトとして現れていて、ユニークなものだったように思う。面白い作品だとも思っていた。また起きてからも、自分のセンスでは、あんな作品のような発想はできないと思ったものだ。だがそれは夢の世界のモノなのだから、自分の脳で生み出したもののはずだ。なぜそんなふうに思うのだろう。
夢の中で何かを考えている時もある。その考えている対象も、自分の脳が生み出したモノではないのか? 夢の世界が脳によって作られるのであれば、自分の脳が生み出した世界なのに、驚きや納得、関心の感情が出るのはおかしいではないかと思うのだ。

ということは、夢の世界を作っているのは、自分が脳だと思っている部分ではない場所で作られているのではないだろうか。
別の場所で夢を制御しなければ、起こりえないことがたくさんあるのだ。
夢の中で、こうあればいいと願えばそうなるはずだが、ならない時がある。脳が夢のシーンを作成しているはずなのに、その展開が予想できないことがある。すなわち、例えると、脳にはサーバー管理者とゲームプレイヤーの両方いなければいけないのだ。

ー信号を渡る。

では今現実だと思っている世界は何によって作られたものなのだろうか。

ー車のクラクションが聞こえた。

全くわからない。
起きている世界「揺るがざる現実」と、寝ている世界「変幻自在な夢」は、何によって作られるのか。
だが、僕らはその二つの世界を行き来している。
もしかすれば夢の世界はパラレルワールドの自分なのかもしれない。
全く不思議な話だ。

ーその時、派手なブレーキ音と共に迫り来る何かが体を襲った。赤いランプと灰色の金属と青い空が見えた。
向こうの世界のことについても考えておくべきだったと後悔した。



……今日は夢を見た。
どんな夢だったかもう覚えていない。確か、怖い夢だったような気がする。だがこの記憶もすぐに失われてしまうだろう。
全く不思議な話だ。

Gallery