Novel
魔法の本 の後日談
魔法の本の後日談 猫にゃん
◆
僕は、夜の図書館に忍び込んだんだ。
図書館と言っても僕の火曜学校の図書館だけれど、この街では一番大きく利用者も多い。そんな施設に忍び込むのだから、見つかったら怒られるだけじゃ済まないだろうね。
しかしそのスリルもまた面白いものだし、なにより、リスクを犯してでも知りたいことがあったんだ。
そんなに知りたいことがあるのなら、図書館の開館時間中に好きなだけ探せばいいと思うかもしれないが、それは既にした。三日ほど探した。しかし僕の求めている本はなかったんだ。
だったらその図書館にその本はないんじゃないかって?
逆だよ。この図書館にしかない本だから、ずっと探していたんだ。三日間もね。
三日はずっとと言うには短すぎるかい? 学生にとって休みの日の三日は永久に等しいよ。
いや、今も学生だけれどね。
ともかく、僕に話を聞きに来た君ならもう察しはついてるんだろうけれど、僕はただの本を探してたんじゃない。
「どんな質問にも答えてくれる魔法の本」。
それを探していたんだ。
この学校の七不思議の一つだ。知ってるだろう?
学校の図書館のどこかに「どんな質問にも答えてくれる魔法の本」がある、という噂。もちろん、僕だってそんなものを信じてはいなかったよ。この学校の無駄に大きい図書館だからこそ生まれた、根も葉もない噂だと思っていた。
けれどある日、友人が魔法の本は本当にあると言い出した。その友人は「私は魔法の本に質問をして答えてもらった」とも言ってたな。
嘘をつくようなタイプじゃなかったよ。お調子者でもなかった。真面目な委員長って感じのやつだった。黒髪で三つ編みで黒縁の丸眼鏡をかけた、ザ・委員長って感じの子だった。巨乳だったしね。
そうだよ。僕の今の彼女だ。
そういえば君は彼氏とかいるのかな?
……悪かった。すまない。この話はやめよう。本題に戻ろう。
うん。別に小さいのもいいと思うよ。そういうのが好きな人もいるって。落ち込まないでくれ。泣かないで。後輩を泣かせる先輩とかになりたくないんだ。大丈夫だって。
……続きを話そう。
とにかく、信用できる友人が「魔法の本はある」と言い出したんだよ。
今もそうだけれど、僕は子供の頃から好奇心旺盛だからね。知りたいことはいくらでもあったし、その話を聞いてすぐに本を探そうと決めた。
その巨乳の委員長さんは何を質問したのかって?
「好きな人と付き合うにはどうすればいいですか」とか、そんなことを聞いたんだってさ。
うん、僕のことだよ。当時は気づかなかったけど。
いや、別に自慢じゃないって。後輩に見せつけたいわけじゃないって。僕はそんな嫌な先輩じゃないよ。
……ともかくそれで、僕は本を探し始めたんだ。
ちょうどその週末が三連休だったから、土、日、月と三日間魔法の本を捜索した。
図書館は三回まであるからね。一日に一フロアずつじっくり全部見ていった。
だめだったよ。
全然だめだった。二日目から委員長も手伝ってくれたけど、それらしき本も見つからなかった。
けれど、全く何も見つからなかったわけじゃない。
「夜に、図書検索用のパソコンが勝手についていた」
そんな話を、警備員だったか図書館の司書さんだったかがしているのを偶然耳にしたんだ。
これだ、と思ったね。なんだかよくわからない確信を持っていた。まあ、それしかヒントがなかっただけなんだけど。
それで、僕は夜の図書館に忍び込んだんだ。大変だったよ。警備が無駄に厳しかったからね。
忍び込んだって言うのも正しくないかな。閉館時間になっても図書館から出ずに隠れていたわけだし。
いや、流石に委員長は連れてこなかったよ。彼女は真面目だからね。言ったら止められるだろうし。
警備員の隙を見計らって、一人で図書館のパソコンを見て回った。
さっき言ったなんだかよくわからない確信は外れてたよ。
ついてるパソコンなんて一つもなかった。もしかすると警備員さんが先に見つけて消したのかもしれないけどね。
それでも、僕は1時間くらい粘ってたね。警備員さんもいなくなって、ほとんど真っ暗な図書館に1人きりだよ。
今だから言うけど、かなり怖かったね。
ゾンビを銃で撃つゲームとかあるけど、まさにそんな感じの視界だった。
真っ暗な中、スマホのライトの明かりだけを頼りに目当てのものを探すんだ。
想像してみて。怖いでしょ?
それでも1時間は頑張った。
でも、見つからなかった。
時刻はもうすぐ7時半ってところだ。
お腹も減ってたし、そろそろ帰ろうと思った。怖いからじゃなくて、お腹が減ったから帰るんだって、自分に言い聞かせてね。
それで帰った。
いや、本当に帰ってないよ。帰ろうとしたんだ。
ここで帰ったら話にならない。君もそんな話を聞きに来たんじゃないはずだ。僕が魔法の本に質問した話を聞きに来たんだよね。
大丈夫、これから話すよ。
僕が帰ろうとしたとき、図書館の出入り口近くのテーブルの上に、ぽんと、それが置かれてたんだ。
真っ黒な本。タイトルも何も書かれてない本。さっきまでは確実に無かった。突然本が現れたんだ。
今度こそ、確信した。これが魔法の本だと。
僕はすぐにそれを手に取った。辞典みたいな重い本。綺麗な、傷一つ無い真っ黒な表紙。
魔法の本だ。
……実は僕は、どうすれば委員長と付き合えるかって聞くつもりだった。だから彼女を誘わなかったって言うのもあったんだ。
けれどね。
実際に目の前に「どんな質問にでも答えてくれる本」がある。
「どんな質問にも」答えてくれるんだぞ?
そんな質問をしていいのか? 僕はそう思った。
この本はもっとすごいものじゃないのかって。
なら、何を聞けばいい?
どうすればノーベル賞を取れるか?
どうすれば日本はもっといい国になるか?
そんな壮大なことを考えた。
けれど、まるで足りていない。
何だって教えてもらえるんだ。
宇宙人は存在する?
性善説と性悪説どっちが正しい?
リーマン予想の解は?
双子素数は無限に存在する?
まだだ。まだ足りない。
何だって知れるんだ。
神様は実在する?
人類は滅亡する?
世界はどうすれば平和になる?
生命と宇宙、万物に対する究極の問は?
そしてその答えは?
僕は何だって知れる。
何でもできるんだ。
僕は何を知ればいい?
何をするべきなんだ?
どれくらいの時間が経ったかわからない。
そして、僕はようやく、質問をした。
「……僕は、何を知ればいい?」
僕が一番知りたい、本心からの質問だった。
そして、本を、ゆっくりと開く。
ゆっくりと、ゆっくりと開いた本のページの真ん中に、質問への答えが書いてあった。
そこには――――
◇
「身の程ぉ?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「そ、それって、身の程を知れって、こと、ですよね……?」
「そう、身の程、つまり身の程を知れと、そう書いてあったんだ」
私の前で、椅子に座った先輩はそう言う。ちなみに私は先輩のベッドに寝そべってその話を聞いている。そしてここは先輩の家。
私は、先日自分で探して見つけられなかった「どんな質問にも答えてくれる魔法の本」について深く調べるため、魔法の本に質問をしたという先輩の家にお邪魔しているのだ。
元から面識はあった先輩なので、遠慮はない。
「身の程を知れって……確かに答えているんでしょうけれど……それでいいんですかね、魔法の本……」
「いや、でも正しい答えだと思うよ。その時の僕は我を忘れてた感じだったし」
「それで、その後はどうしたんですか?他にはどんな質問をしたんですか?」
ヘッドの上で寝そべったまま適当にぴょんぴょんして、私は尋ねる。
「それだけだよ。他には何も聞かなかった。そのまま机の上に置いて出てきたよ」
「何も聞かなかったんですか?それってもったいなくないですか?」
驚いた表情で問い詰める私。先輩は呆れたように答える。
「いいんだよ。結局、魔法の本なんてあてにならないってことさ」
「……というと?」
「何でも知れる本、とは言え、知ったところで僕らにはどうにもならないことが多すぎる。世界を平和にする方法なんて聞いても実行できるかい?宇宙の真理なんて教えてもらって、理解できるかい?」
「……なるほど」
私は少々遅めの理解をした。
「つまり、何を知ったところで私たちにはどうにもできない、知らない方がいい、と」
「そういうことだね。それを僕は教えてもらった」
先輩はそう言うと立ち上がり、私の方へ歩いてくると、私の腰に手を回して。
「先輩、何を……」
「よいしょ」
「うわっ」
私を強引にベッドから起こした。
「さて、今日はそろそろ帰ってくれるかな。今から黒髪三つ編みで黒縁眼鏡の、僕の自慢の巨乳の彼女がやってくるんだ」
「先輩、さっきの、セクハラですよ」
私が先輩を睨みつけてそう言うと。
「貧乳には興味ないかな」
先輩は笑ってそう言った。
さて、今晩にでももう一度図書館に忍び込んで、魔法の本に巨乳になる方法を教えてもらうとしよう。
教えてもらったってきっと、どうにもできないんだろうけど、ね。
おしまい
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